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プロフィール


10年2月25日(木)

成宮まり子 (なるみや 真理こ)プロフィール・略歴 トップに表示

生年月日 1969年(昭和44年)9月28日(40歳)

住 所 京都市右京区山ノ内西裏町

現役職 日本共産党京都府委員会副委員長/京都国政委員長

家 族 陶芸家の夫、7歳の娘

趣 味 ガーデニング、ベランダ・ビオトープ、絵本の読み聞かせ、芸術鑑賞、旅行、キャンプ、バレーボール、バイク

好きな言葉 人間は自分で自分の歴史をつくる  


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略 歴プロフィール・略歴 トップに表示

1969年(昭和44年)滋賀県彦根市に生まれる(父親は党彦根市会議員)。彦根市立城陽小学校、彦根南中学校を経て、県立彦根東高校へ。

 高校2年生のとき「核戦争は起こしたくない」と民主青年同盟に加盟。「全国高校生交流集会」に参加したことをきっかけに高校班をつくって活動する。

1988年(昭和63年)京都市立芸術大学美術学部に入学し、油画を専攻。フレスコ(壁画)の技法などを学ぶ。

 美術学部学生自治会の書記長や京都府学連執行委員として、学生自治会活動や大学生協設立運動の中心に。学生要求をかかげた市議会請願によって、次年度から入学金値上げが一部是正され、大学会館が建設されるなどの経験を経て、「がんばれば動かせる!」と確信にする。1回生のときに先輩に誘われ、日本共産党に入党。

1993年(平成5年)同大学学部を卒業後、大学院美術研究科へ。造形構想を専攻し、彫刻家の佐野賢氏のゼミ生となる。

画像クリックで拡大表示します ●大学院修了制作作品「戦争ゴッコ」で(山口)華楊賞を受賞

 戦後50年目を迎えた1995年に制作したものです。ふたたび迫る「軍国主義」と戦争の危機を告発する思いをこめて…。

 小学校の子どもの机のなかから、木で作った“戦車”がゾロゾロと這い出してきて、その光景を戦争の犠牲になった幼い子どもたちが不安げにのぞいています。子どもたちは、成宮まり子の実母の姉と兄で、旧「満州」で撮影されたものです。母の姉は「引き揚げ」後、栄養失調と病気、貧困のなかで亡くなりました。

 

1995年(平成7年)大学院修了。京都のギャラリーを中心に、創作発表活動をおこなう。大学時代に関わった劇団で出会った夫と結婚へ。

 その年の1月に起こった阪神淡路大震災の救援ボランティアに参加し、被災者に冷たい政治を目の当たりにして「政治と社会を変える生き方をしたい」と考えるようになる。

1997年(平成9年)COP3(地球温暖化防止京都会議)にボランティアとして関わる。民主青年同盟の専従、京都で初の女性府委員長、中央委員に。

1998年(平成10年)7月の参議院選挙で、若者が選挙を楽しく面白くやろうと「日本共産党といっしょに日本をかえるネットワーク(略称:かえるネット)」をよびかけ、結成の中心になる。

2001年(平成13年)日本共産党の専従職員になり、京都西地区委員会(右京区・西京区)に勤務。7月の参議院選挙では、比例代表候補として国政に初めて挑戦。

2003年(平成15年)02年の大晦日に長女を出産。

 11月の衆議院選挙に小選挙区京都4区から立候補。自民党・野中広務氏の引退で“注目選挙区”となる。

2005年(平成17年)長女の保育園の保護者会で活動。右京区保育園保護者会連合会会長もつとめる。

 9月衆議院選挙に再び京都4区から立候補。郵政民営化での自民党「刺客」選挙で再び“注目区”となり、公開討論会もおこなわれる。

2007年(平成19年)7月の参議院選挙で京都選挙区候補として奮闘。27万5785票を獲得するが及ばず。

2010年(平成22年)党京都府委員会副委員長、国政委員長。参議院選挙選挙区予定候補として、府民の要求を国政へつなぐ活動をすすめている。


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